遺産分割争いを避けるために遺言書の作成が欠かせないことは、以前のメルマガの中でも何度か指摘させて頂いています。しかし、遺言書を作成してからそれが効力を発生するまで(=自分が亡くなるまで)の間には、通常ある程度の年月を経ることになりますから、その間にどのような状況の変化が起こるとも限りません。
保有財産の内容が変わったり、家族関係に変化があったり、あるいは自分自身の気が変わったり・・・。その度に遺言書を書き直せば問題はないのですが、それはそれで面倒だったりもしますし、公正証書で作り変えようとすれば費用もかさみます。
また、その時には自分が認知症等のために遺言能力が無くなっていて書き直すことができなくなっているという可能性も否定できません。従って、将来的なある程度の状況変化にも対応できるような、つまり多少のことでは書き直しをしなくても済むような、そんな遺言書を最初から作成しておくように心掛けたいものです。
Aさんは、自分の所有する財産全部を長男に相続させる旨を記した遺言書を作成し、それから十数年後に亡くなりました。ところが、Aさんが死亡する数ヶ月前に長男が先に亡くなっていたのです。
家族の中で残っているのはAさんの次男と、長男の1人息子。果たしてこの場合、Aさんが作成した遺言書の取り扱いはどうなるのでしょうか?財産を相続できるのは次男なのか、あるいは長男の息子が長男の代襲相続人として相続するのか?または、2人が何らかの割合で分けることになるのでしょうか?
遺言者は、一般に各推定相続人との関係について色んな事情を考慮して遺言をするものです。「長男に相続させる」旨の遺言をしたAさんには、自分の財産を長男に取得させる気持ちがあったということは当然理解できますが、それを超えて、長男が自分より先に死亡した場合はどうしたかったのかというところまでを理解するのは困難です。
例えば、長男に2人の娘がいたとしましょう。長男が先に亡くなった場合に、Aさんが、長男の2人の娘達に法定相続分に従って1/2ずつ遺産を取得させることを望んでいたのか、そのうちの1人、例えば長男の長女に全てを承継させることを望んでいたのか、あるいは次女に承継させることを望んでいたのか、事案により様々だといえます。
従って、遺言者の意思が不明である以上、「相続させる」と指定された相続人の子に代襲相続させることが当然に遺言者の意思にかなうとは断定できません。そうであれば、遺言で「相続させる」と指定された相続人が遺言の効力発生時(=遺言者の死亡時)に既に死亡していれば、その遺言は効力を生じず、代襲相続は発生しない、と解するのが一般的な見解でした。
ところが、平成18年6月29日の東京高裁では、このような場合についても代襲相続が認められるとの判断を示し、これを契機に下級審においても同様の判断を示す事例が出てきました。その一方で、従来通りに代襲相続を否定する下級審裁判例もなお多く、実務に混乱が生じつつありました。
そんな中で、平成23年2月22日、ついに最高裁判決が出されました。
「遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡していた場合には、当該『相続させる』旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が、上記の場合には当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはない」との判決要旨です。
つまり、前記のケースでいえば、「長男に全財産を相続させる」としたAさんの遺言は効力を失い、財産の行方は、法定相続人である次男と長男の子との遺産分割協議に委ねられるということになるのです。話し合いが難航すれば、骨肉の争いに発展する可能性もあります。
無用な争いを避けるため、遺言書を作成する場合は、「相続させる」と指定した推定相続人が自分よりも先に死亡する事態を想定した補充規定(=予備的遺言)を置くべきです。
「○○に相続させる。ただし、○○が私の死亡以前に亡くなっていた場合は、△△に相続させる。」といった感じです。特に、自分と同年代である配偶者や兄弟姉妹に相続させようとするような場合は、それこそどちらが先に亡くなるか分かりませんので、予備的遺言は必須でしょう。
それに比べると、子供が自分よりも先に亡くなる可能性は確かに低いです。が、けっしてゼロではありません。そのような可能性も視野に入れて、もしものときの相続争いを回避するために予備的遺言をしておくことを、是非検討して欲しいものです。